他の僕の世代の格闘家たちのように、僕は最初にブルース・リーに感銘を受けました。よく彼のことを知らない人たちにとっては、カンフーをやるただの映画俳優としかうつらないかもしれません。ほとんどの人は、彼がその時代としては、哲学とトレーニングにおいてどんなに先端を行っていたのか知りません。興味のある人にはリンダ・リーが書いた彼についての本と、ブルース自身が書いたタオ・オブ・ジート・クン・ドーという本をお勧めします。
僕は13歳のときタイコンドーを習い始め、2級の黒帯を得るなどしながら、それ以来8年ほど、そのアートをやり続けています。タイコンドーをやり始めた数年後に、一振流空手をやる友達に会い、その後6ヶ月それをしました。そして、ウルティメット・ファイティング・チャンピオンシップを見ました。そして、ホイス・グレイシーを見て、グラップリングに目覚めました。僕のタイコンドースクールが柔道もやっていたので、柔道でグラップリングを始め、2年間やりました。
着無しのトーナメントに出場してからは、柔道の技の70%またはそれ以上は相手が着を着ていないと、無意味なことに気付きました。 そして、ジャック・ブッツリーニのアメリカン空手の学校で、ブラジリアン柔術で、青帯を持っている4人の人に出会いました。
僕は夢中になりました。 ブラジリアン柔術は確かに僕に最もあったグラップリングアートなのです。 僕はもう、着を着て、トレーニングすることはあまり好きではありません。ですが、JBAKではいつもホールズ無しの檻用の試合に向けてトレーニングしてたので、着を着て練習することはなかったので、それは問題にはなりませんでした。
長い年月の内には、地元のゴールデン・グローブジムでボクシングをかじったこともあります。 日本に来た時から一年間作真会館でムエタイをやっていました。
その後は、大学の修斗クラブと、吉祥寺にあるブラジリアン柔術とムエタイのジム(クロスポイント)でトレーニングしてました。アメリカに帰ってきてから、ノックスビルブラジリアン柔術で柔術の練習を続いています。