日立のPrius AR75

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私は日立のPrius AR75を使っています。最近使っている最中に突然電源が落ちる時がありました。検索しましたらヤフーの知恵袋のある解決済みの質問を見つけました。ちょうど同じ問題が起きている方がいて、埃が原因だったみたいです。あいにく私はあまり分解能力がありませんのでネジを外してもカバーを外すことができませんでした。しかし、日立のサポートに連絡しましたら、リンクを教えてくれたので無事にカバーを外すことができました。ものすごく埃が溜まっていました。掃除したら電源が落ちなくなりました。ファンの音も静かになりました。

cefiro1213さん、ありがとう。そして日立のサポートチーム、ありがとう。 :)

日本キリスト教協議会、聖書の教えを拒む

2008年4月10日に日本キリスト教協議会が死刑に対する抗議をしました

法務省が、「法の理念」の下に死刑執行を行うときを「定められたとき」と言うならば、私たちキリスト者は、それに対し「ひ とりひとりのいのちは、神が祝福 のうちに世に与えたいのちゆえ、生まれるときも、死ぬときも、神の福音のもとに定められたときにある大切ないのち」と考えています。・・・本日国家の名の下に4人の死刑が執行されたことに対して、私たちは、神の与えたいのちの枝に繋がりあいながら、強く抗議いたします。

私はこれを理解することができません。なぜなら、聖書には次のような命令が書かれています。

あなたがたは、死刑に当たる悪を行なった殺人者のいのちのために贖い金を受け取ってはならない。彼は必ず殺されなければならない。(民数記35:31)

これは誰が命じているのでしょうか。そう、神様です。日本キリスト教協議会は政府が殺人者を処罰しなくてもいいと思っているのでしょうか。いいえ、違うと思います。きっと処罰しなければならないと思っていると思います。それならどうして神様が命じた処罰がいけないのでしょうか。

私たち個人個人は赦すように命じられています。しかし、政府は犯罪者を赦すのではなく処罰するように命じられています。その違いを理解しなければなりません。

それは、[政府]があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。しかし、もしあなたが悪を行なうなら、恐れなければなりません。[政府]は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行なう人には怒りをもって報います。(ローマ13:4)

「剣」は打つためではなく殺すためのものです。聖書の神は死刑制度の廃止を命じたのではありません。むしろ殺人者を死刑にするように命じています。

人の血を流す者は、人によって、血を流される。神は人を神のかたちにお造りになったから。(創世記9:6)

人の命は無限に大切です。その命を奪った人を懲役刑に処するだけではその奪われた命を落としめることになります。

赤ちゃんポスト、1年で16人の命を救う

1年前に熊本で設置された赤ちゃんポストが今まで16人の子供の命を救いました

引っ越しました

本日よりホームページをhoshuha.comへ引っ越しました。ちなみにhoshuhaは「保守派」のことです。よろしく。

人に人を殺す権利は無い?

カテゴリー: 政治, 時事

ネットでは1999年に山口県光市で起きた母子殺害事件で当時18歳だった被告(27)への死刑判決についてこのようなコメントがありました。

「人に人を殺す権利は無い。たとえ、どんな理由があろうとも」

本当にそうでしょうか。自己防衛のためであっても人を殺してはいけないのでしょうか。警察が人質の命を助けるためであっても犯人を殺してはいけないのでしょうか。死刑を反対する人たちの主張は理解できません。

無実の人の命はそんなに価値のないものでしょうか。無実の人の命を奪っても自由を失う(無期懲役)だけでいいのでしょうか。私は無実の人の命は無限に大切なものだと思っています。故意による殺人には死刑しかありません。

元少年?

カテゴリー: 政治, 時事

元少年」という言い方がおかしいと思うのは私だけでしょうか。「当時少年であった容疑者」とかなら分かるけど、「元少年」は現在20歳以上の人全員に対して使える言葉ではないでしょうか。どうして記者やニュースキャスターが容疑者のことを「元少年」と呼びたがるのでしょうか。日本語が母国語ではありませんが今回のニュースで初めて「元少年」という言葉がこんなに頻繁にでてきて変だと思いました。

パレスチナ建国後も「イスラエルを認めない」 ハマス最高指導者

カテゴリー: 政治

パレスチナ側が平和を求めていると思っている人たちよ、目を覚ませ!

パレスチナのイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)の最高指導者、ハレド・メシャール(Khaled Meshaal)氏は21日、在住するシリアの首都ダマスカス(Damascus)で記者会見し、ハマスは1967年の第3次中東戦争の境界線内にパレスチナ国家を建設することを受け入れる用意があるとしたが、イスラエルの生存権については認めないと言明した。

パレスチナ建国後も「イスラエルを認めない」 ハマス最高指導者

大切な偶然?


昨日私はディスカバリーチャンネルで「エイリアンプラネット」という番組を見ていました。ある科学者(無神論者だったと思います)が出てきて、「私たちは生命が一連のランダムで偶然の出来事によるものだと理解しなければなりません。生命は大切なのでできる限り守る努力をしなければなりません。」それを言って環境保全活動のためのアピールをしました。

私はそれを聞いて不思議に思ったことがあります。生命が偶然のできごとでしたらどうして守らなければならないものでしょうか。大切なものにはそれを大切としている感覚のある存在が不可欠です。創造主がいなければ私たちの命を大切としているのは誰でしょうか。どうして大切だと言えるのでしょうか。私たちにとっては大切かもしれませんが、創造主がいなければ私たちの存在も偶然でしょう。無意味でしょう。創造主がいなければ、誰または何に対して命を守る義務があるのでしょうか。私はそれを理解できません。

イースター

空の墓は見落としてはなりません。イエスの復活に関する大切な証拠の一つです(もっとも大切な証拠かもしれません)。しかし、私にとって一番説得力のある証拠は弟子たちの証です。私の信仰は殺されてもイエスが唯一の神であるということを否定しないほど強いことを祈ります。歴史の中でイエスのために死んだ人数は数えきれません。そして、こんにちもイエスのために人々が殺されています

そのような信仰はすごいですがそれほど珍しいものではありません。あらゆる宗教のたくさんの信者は真実だと信じていることのために死をもいとわないのです。しかし、嘘だとわかっていてもどのくらいの人は殺されても否定しないのでしょうか。私はそのような人が一人もいないと思います。しかし、イエスが復活していなければ、イエスの12人の弟子の内の10人は自分たちが嘘だと知っていたことのために死をもいとわなかったのです。(一人は老衰で死に、もう一人はイエスを裏切って自殺をしました。)

一人ではありません。10人です。イエスが十字架で死んだ後自分たちの前に物理的な体で現れたという嘘のために死んだということになります。一人なら精神病ということで片づけてしまうのかもしれませんが、10人です。いいえ、このイエスの弟子たちは自分たちの目で復活したイエスを見たと本当に信じていました。そして殺されてもそれを否定しませんでした。また、これは暗殺ではなく拷問によるものです。

多神教者による暴力

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日本では「一神教者は暴力的だが多神教者は寛容だ」という考えが多いようです。実は今日もそのように言われました。これは大間違いです。仏教徒やヒンドゥー教徒による暴力は珍しくありません。先日も次ようなニュースがありました。

宗教暴動で26人死傷=ヒンズー教徒が教会焼き打ち-インド

インドのPTI通信によると、同国東部のオリッサ州中部カンダマル地区で24日以降、ヒンズー教至上主義団体のデモ隊がキリスト教会や州政府閣僚の自宅などを焼き打ちする大規模な暴動が相次ぎ発生した。25日に地区の4つの町に夜間外出禁止令が敷かれたが、家屋への放火などが続き、26日までに1人が死亡、25人が負傷した。

ヒンズー教聖職者の原理主義組織「世界ヒンズー協会」(VHP)の指導者が何者かに襲撃されたのが発端で、VHPが抗議デモを組織したところ、一部が暴徒化した。教会12カ所のほか、キリスト教組織運営の孤児院も破壊行為に遭ったもようだ。

あっちゃんも指摘しています。

日本でも中国でも歴史を見れば一目瞭然ではないか、自然破壊は多神教の世界にはなかったのか、戦争はなかったのか、差別はなかったのか、確かに多くの日本人にとっては耳障りのよい(説)であろう。しかし少しでも客観的に物事を見れば「一神教だから、多神教だから」という問題ではないことがわかるのではないか。